2009年2月10日 (火)

上山田線跡探索記

芦屋町を走った芦屋軽便鉄道を開設しました。
 http://wakinosuisei.web.fc2.com/index.html

 

筑前芦屋町に興味がある人は見てね
http://asiya.kasajizo.com/

 

上山田線跡探索記

 

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飯塚駅付近の古い民家

 

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当時の信号がぽつんと遺されていた。

 

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飯塚駅側から平恒方面を見ると3つ並んだ住友石炭鉱業忠隈炭鉱のボタ山が見える。

 

 

 

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飯塚駅から嘉穂信号場へむかう。上山田線の路線は飯塚駅から出ていた。

 

 

 

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その上山田線の0キロポストがかろうじて残されている

 

 

 

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飯塚駅から1キロ来た踏切前のこのあたりから路線が分かれた。 その国鉄の敷地を示す杭が数本見える

 

 

 

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踏切から0.8キロ弱の道路横に平恒駅がある

 

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平恒駅のホームがそのまま残されている

 

 

 

500mくらい来ると三菱炭鉱の巻上機跡。巨大である

 

 

 

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車を走らせること5キロちかく

 

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平恒駅駅から5キロほど来ると臼井駅だったところに着く。 今はホームに花壇が作られていた

 

 

 

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臼井駅の国鉄敷地を示す杭が残されていた


Usuieki
昭和44年8月の臼井駅のC11の下りの上山田方面へ向かう列車だろう。
向こうの建物は麻生産業吉隈炭坑です。(2013/10/29正しい建物の名前を知らせていただく)
     門鉄の九州の蒸気機関車より


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臼井駅から2.5キロくらいで大隈駅だった場所に着く。 今は公園とバス停になって整備されていた

 

 

 

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公園内に当時の線路がモニュメント的に残されている

 

 

 

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それから1キロほどで嘉穂信号場に着いた。上山田線も20年という歳月が流れもう気付かずに通り過ぎてしまう位ひっそりと佇んでいた

2020年7月頃久しぶりに行ってきましたがきれいに整備され跡形もありませんでした。
 

 

 

2009年2月 2日 (月)

室木線跡をたずねて(この記事は2009年頃です)

芦屋町を走った芦屋軽便鉄道を開設しました。
 http://wakinosuisei.web.fc2.com/index.html
2010年7月 新サイトをつくりました。こちらも良かったら見てください
面白くありませんが、筑前芦屋町に興味がある人対象かな・・・・
http://asiya.kasajizo.com/ 

 

室木駅跡地から遠賀川駅方面に上ってみた。

 

 

 

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室木駅跡地から新幹線の室木トンネルまで路肩が残っているがこの路肩は新幹線の長尺レールを設置するために室木線を使用したものである。

 

 

 

 

 

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室木駅ヤード付近、向こうに見えるのは新幹線

 

 

 

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室木駅のヤードが在った所で道路の右手の三角屋根の家あたりが駅舎が在った。 その先に高速道路が見える。

 

1キロほど走ると八尋駅跡につく。

 

 

 

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室木方面を見て立った位置で撮影。左手が駅舎跡地である。

 

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反対側にはヤード跡が残っている。次の写真

 

 

 

 

 

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国鉄跡地とすぐわかる。

 

2キロほど来ると新延駅(にのぶ)、鞍手駅跡地に着く。昔の人は新延駅と呼んでいた。昭和34年鞍手駅と改称。

 

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農協倉庫がそのまま残っている。写真の左側に駅舎が在った。

 

新延駅(鞍手駅)を出た列車は3キロほど来ると少し登った峠がある。道路に陸橋が掛かっているがそれは当時のままである。昔はこの陸橋からのSL写真が撮れた。それを過ぎると直ぐに清新産業の工場が右手に見えてくる。道路を挟んで反対側の古月駅に着く。

 

 

 

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右が清新産業、左手が駅舎跡で今は中古車販売店になっていた。当時はこの清新産業に引込み線があった。

 

 

 

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清新産業から遠賀方面を見る.この位置が引き込み線位置であろう。

 

写真の真ん中あたりに白いものが見えるのが国鉄の敷地を示す杭があった。近くによったのが次の写真。

 

 

 

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杭は当時のSLの地響きに耐えて立っていたのであろう。

 

 

 

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鞍手方面を見た写真で左が清新産業、右が古月駅跡

 

古月駅を出ると田んぼの中を列車は進み一路遠賀川駅まで走った。今は道路が走っており、遠賀駅まで500メートル位の地点で道が路線跡から外れる。

 

 

 

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途切れていた道路は、今、工事中であった。

 

 

 

 

 

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遠賀川駅側から古月駅方面を眺める。当時の路肩を利用した跨線橋工事が進んでいた。

 

 

 

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当時の遺構でこの上をSLが走った。今は工事のトラックが利用している。

2020年頃にはこのあたりにコンビニもあります。

 

 

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左は415系1500番代の列車が走る鹿児島本線下りで、右の橋梁が室木線跡

 

 

 

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この先が遠賀川駅である。

 

                                                   2008-12-23

2009年1月30日 (金)

宮田線跡探索記(この記事は2009年頃です)

芦屋町を走った芦屋軽便鉄道を開設しました。
 
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2010年7月 新サイトをつくりました。こちらも良かったら見てください
面白くありませんが、筑前芦屋町に興味がある人対象かな・・・・

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2009年1月17日上山田線探索を終えた帰り宮田線跡を訪ねてみた。

 

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           勝野駅

 

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前方が小竹駅の方向になり下のセメントの四角い支柱らしき物は踏切跡か?
このあたりから筑豊本線から分岐して宮田線となった。

 

 

 

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300メートルほど行くと宮田線の最初の橋梁が残っている。
向こうに見える筑豊本線の817系が走っている。

 

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橋梁から筑前宮田方面の路線跡を見る。この上をSLが走る姿を思い浮かべることができる。

 

 

 

 

 

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勝野駅から1.8キロほど行くと踏切跡が残っている。ここから路線跡は道路になっている。手前側に道路が続く
2009-6月に訪問した時にはすでに撤去されていました。

 

 

 

 

 

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踏切跡から0.6キロほど来ると道路が別れ、筑前宮田に向かって左に線路跡だと判るカーブする道路が見えてくる。この地点は菅牟田分岐点と呼ばれ貨物支線として桐野へ向かう路線が分かれていた。この地点の右手道路横に後の磯光駅があった。

 

 

 

 

 

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磯光駅跡から1.7キロほど来ると道路と線路跡が分かれる。筑前宮田方面を見たところ。

 

 

 

 

 

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そこには枕木らしいものが残っていた。

 

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           橋台跡

 

 

 

 

 

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路線と分かれてからまた1キロほど来ると筑前宮田駅跡に着いた。今はバス停になっている。当時のトイレの位置に同じトイレがある。

 

 

 

 

 

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       ホーム跡が完 全 に残っていた。

 

 

 

 

 

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磯光方面を望む路線跡  国鉄用地杭も残っていた。

 

                                            2009-1-17

2020年頃には全ての遺構で開発が進んで跡形もないところも増えました。

2009年1月29日 (木)

嘉穂信号場探索(この記事は2009年頃です)

芦屋町を走った芦屋軽便鉄道を開設しました。
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2010年7月 新サイトをつくりました。こちらも良かったら見てください
面白くありませんが、筑前芦屋町に興味がある人対象かな・・・・

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追記:2009-6月に訪問した時にはすでに嘉穂信号場は全て撤去されていました。
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NHKのテツ旅で嘉穂信号場をやっていたがその信号場跡地が工事で無くなりつある事を知り急いで訪問することにする。

 

 

嘉穂信号場跡地

 

 

 

 

 

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大隈駅方 面の様子

 

 

 

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この嘉穂信号場跡左手に漆生線が別れて行った

 

 

 

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下山田方面の景色
思ったより工事は進んでいた。

 

信号場内部の様子

 

信号場には柵が張られているので工事の人に訳を話し撮影のため中に入らせてもらった。工事の人は、快諾してくれたが、何かの調査ですか? と聞かれたので、 いいえ趣味でと答えると少しあきれた表情が見えた。めげずに撮影開始する。

 

 

 

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嘉穂信号場

 

 

 

 

 

 

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列車の進行制御に使われたものだろう。

 

 

 

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駅員が使用したであろう長椅子が放置されている。

 

 

 

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ドアの向こうは仮眠をとるベットが置かれ、トイレと台所が在った。

 

信号場付近の放置設備

 

当時を偲ばせる物が所々に点在した在った。

 

 

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大隈方( 面)と書かれている。

 

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踏み切り制御用のボックス

 

 

 

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当時の電信柱

 

 

 

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信号場横の踏み切り跡

 

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その巻き上げ機(日吉巻揚踏切と書いてあった)の制御箱漆生線との分岐店付近

 

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列車に使われたものだと思われる電気転テツ機と書かれた

 

転テツ機とは 「転轍機」と書きます。轍はわだち(車輪の跡)
のことで、装置で列車運行上、 重要な役目をもっています。
かつては係員が手で転てつ機を動かしていました。
路線を変える装置です。 つまり列車の通り道を切り替える
(日本民営鉄道協会の民鉄用語辞典) より

 

 

 

 

 

 

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工事中に取り除かれた当時の レールが山積みされていた

 

 しばらく下山田駅方面に歩いてみた。

 

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今も残る信号

 

 そこに散歩中のおばあちゃん(80歳)が来たので、ここにあった炭鉱の事を聞いてみた。 偶然にも近くの当時、 古河炭鉱で旦那さんが働いておられ、この日吉炭鉱の炭住とは隣組だったらしく、付き合いがあったそうだ。 それで、いろいろ尋ねた。

 

 

おばあちゃんの話による写真の説明 

 

 

 

Kousyuuyokujyou

 

      

 

写真は炭住の共同浴場跡で20メートル先に見える古びた家屋は当時鍛冶屋があったそうだ。浴場から山側には幹部クラスの住宅があり、 お風呂場も別にあり鍛冶屋の左側の階段がある上のほうにあった。

 

 

 

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写真は炭住の共同浴場跡で線路側に向かって左が男湯

 

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当時からあった購買部と炭住があった場所。浴場側から線路越しに見る。

 

しばらく歩くと橋があり、その下を上山田線が通った。

 

橋を渡り購買部の方へ歩き下山田方面へ歩くと

 

 

 

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空き地がありここには当時ため池があった。左手が上山田線、右に元炭住が見える。

 

 

 

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このあたりに踏切があり当時トラックとの列車事故が起こりSLが横転し機関士が下敷きでなくなったそうです。

 

 

 

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説明してくれたおばあちゃんと日吉炭鉱の炭住の雰囲気が残る払い下げがあったと思われる住宅地。右手が線路跡。

 

 

 

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この橋の下を列車が走った。

2020年頃には整備が進み跡形もないようです。

 

2009年1月17日撮影

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