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2009年6月12日 (金)

若松駅付近を往(この記事は2009年頃の若松駅周辺です)

芦屋町を走った芦屋軽便鉄道を開設しました。
 http://wakinosuisei.web.fc2.com/index.html

 

 長くホームページ作りの調査と資料集めで時間を取られブログが疎かになったので久しぶりに載せようかな。

 

今回は筑豊本線の終着駅でもある若松駅付近を探索した。

 

2018年若松駅は無人駅となってしまった。寂しい限りです。

 

列車は最新型のデンチャという電車でもない蓄電池で動くハイブリット電車が走っています。

 

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        終着駅 JR若松駅

 

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 若松駅の左手の公園には若松駅操作場跡の石碑と国鉄のSL96が置かれている。

 

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 当時石炭を積み100両以上繋げて重そうに走っていたのを思い出す。セム型
 若松駅から先に1936年から1975年まで北九州市電が若松に走った。貨物専用線であった。

 

Kitaminato
            北九州市電

 

1936年に若松市営軌道として旧若松市内で開業。その後、北九州市発足とともに北九州市営軌道となった。一般の路面電車とは異なり、街の繁華街を貨物専業の貨物電車であったので旅客営業は行わなかった。若松駅と北湊方面で、商店街の中を通過することから沿線住民の苦情が絶えなかった。時代の流れで石炭輸送量の減少に伴い経営悪化に陥り、1975年に廃止された。

 

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2009_6_14_4__2
上の高架は若戸大橋である

今は大きなこの通りも最近の事で、当時は軒先をかすめるように電車が通っていた。
この写真を見ると通りの住民から苦情が出たのも判る気がするなあ。

Siden2

2009_6_14_2
Sisen1
洞海湾側から修多羅方面を撮ったものだ。
Sutara2
その反対側の修多羅の金比羅神社付近から撮ったものであろう。

Doukaiwan
皿倉山と葛島が写っています。場所はやはり修多羅から写したものか。

これらの写真はむかし若松写真展のおり、関係者の方に若松をもっとコマーシャルしてくださいと許しを得て写真を撮らせて頂いたものである。

 

路線データ

 

  • 路線距離:
      • 若松駅 - 北湊 1.3km

     

      • 中川通 - 浜ノ町 0.6km

     

    • 中川通 - 安瀬 2.1km

 

    • 軌間:1067mm

 

  • 電化区間:全線(直流600V)

 

若松線に戻ろう。

 

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若松駅から折尾方面に1キロほど来た地点であるこの先に藤ノ木貯炭場がある。
この場所にも遺構が残されている。2018年からは日本で最初の蓄電池で走る

デンチャと言う列車が走っていますよ。ほかの車両は一切走っていません。

 

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第2船溜と書いてあった。手前が洞海湾であるため係留場所が近くに在ったのであろうか。

 

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 係留する杭跡か?左は洞海湾である。

 

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 洞海湾に流れ込む川。

 

 

 

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         向こうは若戸大橋

 

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古い線路の跡、左の2本は現役の若松線(筑豊本線)

 

16_2

 

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藤ノ木貯炭場は前回のブログで紹介済みの藤ノ木駅です。

 

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奥洞海駅です。奥洞海駅の次の駅二島駅を過ぎ、海岸沿いを行くと大きな橋が架かっています。

 

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上が奥洞海橋。
向こうの白い橋は若松線である。若松線の白い橋の左手にすばらしいレンガ造りの橋が現役として残されていた。

 

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素晴らしくきれいな橋であった。

 

                    2009-6-7

 

2009-6-14

 

今日は若松の高塔山の佐藤公園で佐藤慶太郎(http://uninaturr.net/z-satoukeitarou.html)の胸像除幕式がAM10時から行われた。

 

2009_6_14_1
右から佐藤慶太郎伝を出版した筑波大教授斉藤泰嘉氏、大分市長、北橋北九州市長、胸像、佐藤慶太郎のご子息と奥様、佐藤慶太郎の寄付で野口病院(http://www.noguchi-med.or.jp/index.htm)を建てた野口雄三郎の三代目院長野口 志郎氏と奥様である。

 

Keitarou1
Keitarou2
佐藤慶太郎が寄付をした時の記念写真である。
写真はむかし若松写真展

 

 

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